、安息のひとときを得ました。
 さういふとき、疲労につかれて、ぐつすり眠るのでないとすれば、人々は娯楽をもとめると思ひます。宗教の本を読む人もあるかも知れません。戦争文学を読む人もあるかもしれません。然し、なかには、大きな人性の底にふれた、静かな、ゆたかな物語が、読みたいといふ人もあらうと思ひます。
 私は、さういふ時にも、読むに堪へうるやうな、人性の底からにぢみでた珠玉のやうな物語を書き残したいと思つてゐます。
「炉辺夜話集」の物語が、そのやうな珠玉の物語だといふのではありません。私のやうな未熟者が、まだ、そのやうにすぐれた仕事を残しうる道理がないのです。すぐれた魂の人々が、生も死も忘れた曠野から帰つてきて、燈火の下で、許るされたわづかの時間に、はるかな心、はるかな虚しさをいやさうとする。――それに堪へうる物語が、どんなに深くなければならぬか。わが身のまづしさを考へて、私は、うんざりしてゐます。
 けれども、とにかく、私が書き残さうと意図してきた物語は、その意図に於て、常にそのやうな物語でありました。戦場のみとは申しません。あらゆるとき、あらゆる虚無の深淵にのぞんで、読まれうる物語が
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