う別の風景になつてしまつたとか、激しい愛情を訴へ、自分の病院の味気ない生活の日記風な報告が必ず数枚こくめいに溜息と共に書いてある。病人がどうした、どういふ出来事があつた、同僚がどうした、医者がどうしたといふくさ/″\の出来事である。
 僕はこの手紙には一杯食はされてしまつたのである。文章も字も下手くそで女そつくりであるし、同性愛の文書だとばかり真に受けてゐたら、あとでこの人物を突止めてみると、中学五年生で、不良少年であつた。つまり病院のこくめいな描写は人をあざむく計略で、全然意味がなく、たゞ一番最後の一行、何日の何時にどこそこで会つてくれと言ふのだけが重大な要件であつたのである。医者の子供ですらなく、大工の棟梁の子供であつた。不良少年ですら斯ういふ文書を発明する程だから、暗号の外交文書などいふものは、どういふ計略があるか知れたものではないのである。
 親爺夫婦に異様な執拗さで懇願され、万策つきて、当時JO撮影所の脚本部員だつた三宅君に助太刀を頼んだ。かうして手紙を手掛りに、京都一円にわたつて不良少女少年の戸別訪問を始めたのだつた。至る所で、僕達の惨敗である。みんな十七八の小娘だけれども
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