へ来て、関さんの卦ばかりはどこを取上げて慰めてやる所もない。天性の敗残者で、これから益々落目になる一方だと言ふのであつた。これ以上落目になるとは、どんなことだらう。だが、僕も、それが事実だと思はずにゐられなかつた。
碁会所の常連全部見渡しても、関さんだけが頭抜けて無邪気な男であつた。だが、どん底の生活では、無邪気な奴ほど救はれない。関さんは、碁会所の常連達の悪評の的であつた。常連の一人に相馬といふ友禅の板場職人がゐて、山本宣治の葬式の先頭に赤旗を担いだ男で、勇み肌の正義感から時々逆上的な喧嘩をしたが、凡そ憎めない男がゐた。無邪気な点では関さんと甲乙なく、僕の言ふことは大概理解してくれたのだが、関さんとだけは打解けてくれなかつた。
関さんは商売よりも自分の楽しむ方がまづ先だ。お客が来ると大喜びで、お茶のサービスもそこ/\に、一戦挑む。忽ち夢中になつてしまふ。敗北するや口惜しがること夥しく、今のは怪我敗けだ、ほんとは俺の方が強いのだといきりたつし、勝てば忽ち気を良くして、あんたは下手だと大威張りである。万事が露骨で角がある。おまけに勝負に夢中だから、お客が後から詰めかけて来ても、お茶も
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