分、下男とか風呂番ぐらゐの所だらうが、関さんの話のまゝに取次ぐとかうなのである。そこの娘が女学校の五年生だが、いくらか白痴で、然し素敵な美人ださうだが、関さんに色目を使つて仕方がない。これが女中だとか、娘にしても出戻り娘とか何とか薹《とう》のたつた女ならとにかくとして、四十三にもなつて、女学生の主家の娘と通じることは良心が許さぬ。ある晩、娘が誰よりもおそく風呂にはいつて、折から関さんが何も知らずに風呂の戸をあけると、裸体の娘がおいで/\をしてゐた。あんまり露骨なる情感に堪へられなくなつて、逃げだして来たのだと言ふ。
 二度目は友禅の小工場主の私宅であつた。そこの主人は四十がらみの未亡人だが、お経の用でもなく若い坊主を繁々家へ引込むといふ噂の女で、関さんに今夜忍んでこいといふ目配せをした。まさかに、と思つてゐると、そこが便所への通路でもないのに、夜更けに関さんの部屋の廊下を往復する。勤めて二日目といふのに何が何でも早すぎるとその晩は行かずにゐると、翌日、未亡人の態度が突然変つて出て行けがしにするので、ゐたゝまれなくなつて戻つて来た、と言ふのであつた。
 関さんの話は万事がかうだ。もとより当になりはしない。けれども、常連の一人々々をつかまへて、一々この話をきかせてゐる。無論、僕にも、親爺にも、主婦にもだ。関はん、えらい又、色男のことやないかいな、と冷やかされても、ヘッヘッヘ、いや、どうも、と喜んでゐる。作り話だらうとでも言ひだす人があらうものなら、青筋を立てゝしまふのである。いえ、そんなことあらしまへん。坐り直して、顫へながら相手を睨み、ほんなら、行つて、きいてみておいでやす。誰が一々呉服屋へ行つて、あなたの家の白痴の娘が……ときかれるものか。恰《あたか》も、生存の根柢を疑られ、おびやかされたといふ激怒であつた。
 然し、碁会所にしてみれば、こんなに厭がられ、出て行けがしにされながらも、結局、関さんがなければならぬ人だつたのだ。何人が誇りなくして生き得ようか。関さんとても、誇りはあつた。しかも、あらゆる人々が、関さんの誇りを一々つぶしてゐるのである。さうして、あらゆる人々が関さんに求める所は、要するに、自分と対等の位置に立つな、碁会所の奴隷になれと言ふことだつた。その報酬は、たゞ寝室と、十三銭の定食のその残飯だ。碁会所の番人の志願者はいくらも有るが、関さんの条件では有り
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