のりこんで、神殿にあふれた。たゞ一瞬のことである。突如として、すでに奏楽が起った。白衣に緋の袴の鈴ふり女もいるが、横笛を吹いているのもいるし、琴をかきならすのもいる。チャルメラみたいな国籍不明の笛をふく白衣の男もいる。太鼓をうつのもいる。キキキッと悲鳴のような泣声をだす楽器もあるが、どれとも見当がつかないのである。
 音楽がピタリと終って、白衣の男女は神殿の要所々々へ退いて、ジッと狙うように立っている。スワといえば躍りかかってノド笛へ食いつくような殺気立った鋭さで、マムシが鎌首を立てゝ隙をうかがっているとしか思われない。
 祭壇の下に立っているのは、何者だか分らないが、正宗菊松はトンチャクしなかった。そんなものを見ようなどと不敬な心を起しては後々が大変である。平伏して、額をタタミにすりつけて、頭上には両手をすり合わせて、
「マニ妙光。マニ妙光。マニ妙光」
 一心不乱である。
「コウーラッ。よさんか」
 白衣の男が彼の襟クビをつかんで荒々しく引き起した。情け容赦もない。フヤラ/\と腰がくだけて、
「ハハハッ」
 泣きベソをかきだしていた。どうしてよいやら分らないからである。彼はウロウロし
前へ 次へ
全158ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング