界は別儀であるぞ。不敬者め。静坐して、正宗の戻るまで、霊界に思いを致しておるがよい」
 こう云って、白衣の若者に正宗菊松をひきずらせて、奥へ消えてしまった。あとには、監視役の白衣の若者が、まだ二人、目玉を光らせているのである。

   その五 坊介はガイセンし雲隠才蔵は深く恨を結ぶこと

 正宗菊松がつれて行かれたところは神殿であった。マン幕をはりめぐらし、正面に三柱の神が祭られている。神前に供えられた何十俵の米、何タルの清酒の山。天草物産が一山つみこんできた献上品など、どの片隅へかくれたか見当もつかぬ豪勢さである。
 先客が五人、左右に並んでいる。いずれもたゞの信徒らしく、モーニングや紋服をきこんでいる。中には品の良い老婆も、爺さんもいた。いずれも然るべき社会的地位のある人品で、ニセモノ重役の正宗菊松は一目見て、すくんでしまった。
 カイゼルヒゲをピンとはねて、大納言のようにふとった老紳士が真正面に坐っている。どんな偉い人物か見当もつかない悠々たる奥深さがある。目をつぶって、いかにも平和に正坐している。ほかの人々も目をつぶって坐っていた。
 まもなくドッと音が起って、にわかに大部隊が
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