名刺を一枚一枚ながめたのちに、こうきいた。
「ハイ、五十二歳でございます」
「商売は繁昌しているか」
「ハイ。おかげさまで、どうやら繁昌いたしております」
「お父さんは慾が深すぎるんですよ」
と、半平が横から口をいれた。彼はもう、ふだんのようにニコニコして、一向に神の使者を怖れている風がない。長年交際した人に話しかけるような馴れ馴れしさであった。
「信心深いというよりも、慾のあげくの凝り性なんですよ。ボクら、ずいぶん、いじめられましたよ。ねえ、ツルちゃん、戦争中は、皇大神宮に指圧療法、終戦後は、寝釈迦《ねしゃか》、お助けじいさん、一家ケン族みんな信仰しなきゃア、カンベンしてくんないんですからね。子供のボクらや、秘書のこの三人の人たち、迷惑しますよ。でもねえ、云うことをきかなきゃカンベンしないんだから仕方がないですよ。今度、マニ教の噂をきいて、神示をうかがってくるんだって、どうしても、きかないのです。ボクら、もう、オヤジが言いだしたら仕方がないと諦めていますから、オヤジの信心するものは、なんでも信心するんです。さもなきゃ、お小遣いもくれないもの是非ないですよ」
落ちつき払ったものであ
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