自分の子供のようなチンピラ共と同行して、この年になっても、やられるのは自分一人であるとは。
「マニ妙光。マニ妙光。マニ妙光」
 洟水《はなみず》があふれてシャクリあげた。シャクリあげる声というものは、この年になっても、ガキのころと同じであった。なんたる宿命であるか。恐怖にふるえた。
 神の使者は恭順を見とゞけて、ようやく踏みつけた足を放した。
「神様がお立ちになるぞウ」
 ダダダ、ダダダ、という激しい跫音《あしおと》が部屋の八方に荒れくるったが、それは、一人の男が八方に走り狂って足を踏む音である。それに合わせて、
「マニ妙光。マニ妙光。マニ妙光」
 という祈りの声がひときわ高くなる。才蔵や半平たちも、それに合わせて、祈り声を高くする。
 ピュッと何かを切った音がした。
「お立ちッ」
 神の使者がバッタリ坐った様子である。祈り声もハタと杜絶えた。正宗菊松は、怖しさに、頭をあげることができなかった。
「お父さん、お父さん」
 半平のさゝやきがきこえる。
「もう、いゝよ。こっちへ来て、お坐り」
 菊松は怖る怖る頭をあげた。一同は顔をあげて坐っている。衆人環視の中で夢からさめたようである。彼は
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