ほど敬意を払ってくれた才蔵も坊介もノブ子も、彼を助けてくれようとはしなかった。
「マニ妙光。マニ妙光。マニ妙光」
彼らは一心不乱に手をすり合わせてワナワナと拝みつゞけているのみである。自分たちの間へ彼が倒れて、踏みつけられているというのに。
「お助け下され。相すみません」
正宗菊松は必死に叫んだ。
「私が悪うございました。お助け下され」
菊松は、踏みつける足をすりぬけて、身をねじり、ガバと畳に伏して、頭上に両手をすり合わせた。
「マニ妙光。マニ妙光。マニ妙光」
「コウーラッ」
神の怒りは、まだ、とけなかった。神の使いは、菊松の両手をつかんで、ズルズルとひきだした。
「コウーラッ」
神の使いは片足で菊松の頭をふみつけ、額をしこたま畳にこすらせた。
「悪うございました。相すみませぬ」
菊松は、とうとう泣きだした。どうして、自分一人が、いじめられなければならないのだろう。彼はこの時ほど痛烈に少年のころを思いだしたことはない。彼は弱虫で、馬鹿正直で、そのくせ、すこし、ずるかった。彼は悪太郎にそゝのかされて、手先に使われるたびに、いつも捕えられて、叱りとばされるのは自分だけであった。
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