。マニ妙光」
頭の上に手をすり合わせる。怖れおののいて、声がワナワナふるえる。すり合わせる手もワナワナふるえて、そこから声がでるような秋の虫のようであった。
のけぞった中年の男が、おもむろに身を起して、前へかゞみ、
「ガアーッ」
突如として、イブキをかけた。爆心点はまさしく正宗菊松の頭上である。彼は呆気にとられて頭をちゞめたが、
「コウーラ、キサマ、不敬者ウ。魂をぬいてくれるぞう」
怒り狂った大音声がきこえ、しまッた、と思った時には、彼は力いっぱい肩を蹴られて、後列の人々の間にころがっていた。
正宗菊松は大失敗を犯したのである。彼はそれを蹴とばされる一瞬前に気がついた。自分の右に坐っている半平も、左側のツル子も、護衛の人々と同じように、畳に伏して、手をすり合わせていることを発見したからである。彼が蹴とばされて倒れたのは、坊介とノブ子の間であった。この二人も、その隣の才蔵も、例外なく、畳にふして、頭上に両手をすり合わせていた。
神の使者は容赦がなかった。
「コウーラ、不敬者ウ。コウーラ、コウーラッ」
一叫びごとに足をあげて、正宗菊松を蹴りつけ、踏みつけた。
先程まで、あれ
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