れなかった。然し、勝つべきようには思われない。胴ぶるいなどというものは、それが武者ぶるいであるにしても、ちょッと哀れなものである。彼の胸の思いは切なかった。
その二 白河半平深謀遠慮のこと
翌日新装に身をかためて出社すると、ほかの部屋にはまだ人影がなく、書房の編輯室にだけ、白河半平が二人の女の子を指揮して、お弁当や、オミヤゲの包みをつくらせている。よほど早くから来ていたらしい。勤勉なものである。
「コレ、正宗クンの名刺だよ。天草商事常務取締役とね。天草物産、天草石炭商事、天草製材、天草ペニシリン、とね。賑やかな名刺だね。アハハ。旅行中だけ通用の名刺だから、ちょッと悲しいね。でもさ、今に追い追い月給も昇《あが》るさ」
と、半平は慰めて、それから、二人の女の子を紹介した。
「こちらは近藤ツル子さん、こちらが、平山ノブ子さん。ところで、この旅行中は、近藤クンは正宗クンの娘、正宗ツル子二十一歳だから、忘れちゃいけないよ。平山クンは女秘書二十四歳。それからボクが正宗クンの息子半平二十五だからね。この会社を一足でた時から、そうなんだよ。マニ教をあざむくには、遠大な構想が必要なんだ。正
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