するのが怖しかった。
 天草次郎の見るからにチャチなチンピラのくせに残忍無慙にくいこんでくる視線が怖い。白河半平の妙になれなれしく、女性のように柔和な笑顔も気にかゝる謎であった。これをマトモにうけとめるには必死の努力がいるのであった。
「ウヌ。畜生め! オレだって、やってみせるぞ」
 と、彼がこう呻いたのは、そもそも就職の当日からだ。怒りと恐怖のカクテルの胴ぶるいである。自分が悪魔になったような覚悟がこもっているのである。すくなくとも、魔力なくして為しとげられぬ仕事である。然し、その瞬間における仕事とは、編輯の仕事の意味ではなかったのである。
 過去の物みなが没落する。老人は枕を並べて没落する。然し、オレだけが、さからってみせる。負けてたまるか、という意味なのである。けだし悲愴とは、このことであろう。
 厳然たる歴史にさからってみせてやる、というのであるから、容易ならぬ話である。
 思うに、この就職の瞬間に於ける胴ぶるいと覚悟の中には、自らも野武士となって一戦又再戦を辞せず、悪鬼妖怪となっても勝たざるべからず、大学生とは倶《とも》に天をいたゞかず、というほどの意味がこもっていたのかも知
前へ 次へ
全158ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング