菊松の手ぶりのどこに魔力がこもっているのか、サルトルには見当がつかない。菊松もサルトルの存在などは問題にしていない様子である。サルトルは霊界に無縁の俗物というわけかも知れない。
「エエ、失礼でざんすが、天草商事の正宗菊松常務でざんすか」
サルトルは小腰をかゞめて挨拶した。神様の両眼がギロリと青い炎をふいて光った。
「天草商事だと?」
「ハッ。イヤ。アタクシは天草商事の者ではございません。石川組のサルトル・サスケと申します青二才で。お見知りおきの程、ねがいあげます」
「キサマ、なんの用できたか」
「ハッ。社長の命によりましてな。実は、御存知かと思いますが、石川組の社長はマニ教の大の信者でありまして、当神殿に参籠のみぎりコチラサンをお見かけ致したと申しております。それでまア、正宗常務ともあろう御方がカンキンのウキメを見ておられるのはお気の毒であるから、アタクシに命じまして、アタクシは目下、天草商事と掛け合いまして、コチラサンの救出運動につとめております。なにがさて、マニ教から百万円の身代金を要求いたしておりますので、思うようにはかどりませず、長らく御不自由をおかけ致しまして、まことに申訳ございません」
神様は案外素直に俗界の話がわかったと見える。両手で格子をつかんで、
「オイ。オレを天草商事へつれて行け。早くせえ」
「ハッ。たゞ今すぐにはできませんが、追々、そのように、とりはからいます」
「早く、せえ! コラ!」
「ハ」
コワかなわじ、と、サルトルは匆々にひきさがった。長くぶらついていて魂をぬかれては大変である。
しかしサルトルはほくそえんだ。
正宗菊松が神通力を得たとは面白い。催眠術というものは、かかる人と、かからない人とあるそうだが、石川長範もマニ教の信者であるから、これも魂をぬかれる口かも知れない。さすれば悪玉かならずしも神通力に防禦力があるわけではない。別して天草商事には恨みをむすんでいる様子であるから、その一念、天草の三羽烏を金縛りにするかも知れない。
敵に機関銃あれば、我に正宗菊松を用いて魂をぬく手あり。サルトルはニヤリとした。
その十三 サルトルやや成功のこと
翌朝三名は密林の奥の阿片をうめた現場を実地検分にでかけた。
雲隠才蔵はサルトルとツル子が盟約を結んだ同志とは知らない。ツル子は天草商事のスパイだと思いこんでいるから、実地検分はツル子をあざむいて阿片の実存を信じさせるのが目的だと思っている。
サルトルはそッと才蔵にささやいて、
「雲さんや。たのむぜ。石油カンに黒いものをつめて埋めておいたから、いかにも阿片だというオドロキを表情たっぷり演技してもらいたいネ。ツル子さんは、なかなか観察が鋭くていらッしゃるから、油断はくれぐれも禁物」
あくまで、こう、だましておく。一方、ツル子にも注意を与えて、
「雲さんの眼力は油断ができませんから、あくまでスパイになりすまして、見破られないように、たのみますよ」
手筈をととのえておいて、三人は密林の奥へふみこむ。
「ここ、ほれ。ワン、ワン」
こう呟きながらサルトルが地を掘ると、石油カンが現れた。
「さて、雲さんや。雲隠大人《エンインダーレン》の眼力をもって、よッく、ごらん。これなる物質は何物なりや。そのものズバリ。いかが」
「ウーム」
才蔵はビックリ仰天。一と唸り。
少量をつまんで匂いをかいでみる。カンの中を掘ってみて、その内容の底までギンミして、
「ヤヤ。実に」
フウと大息。呆れはててサルトルの顔を見つめて、
「みんなホンモノの阿片じゃないか。エ、オイ、おどかしやがる」
「ハッハッハ。嘘だと思っていらっしゃるから、いけません。サルトルの一言、常に天地神明にちかって偽りなし」
「雲隠さん!」
ツル子はキッと彼をみつめて、
「ほかのカンも調べてみなければ、ダメよ」
「ウン。しかし、この一カンだけでも莫大な財宝だ。なんだか、夢みたいな話だよ。薄気味がわるくて仕様がねえや」
一つ一つカンを掘り出して、つぶさに調べて、才蔵は首をふりふり、
「どうも、いけねえ。ワシア、負けた。よう、言わんわ。大泥棒め。凄い物を掘りあてやがったな。証拠物件。見せなきゃいけないから、一とつまみ、もらってくぜ」
「オットット。そうは、あげられない。これだけで、タクサン」
ホンの二グラムほどつまんで、紙につつんでやる。
サルトルは元の通りカンをうめて、地をならし、
「人が見たら蛙となれ」
こうマジナイをかけて、帰途につく。
サルトルはニヤリと笑って、
「今晩のうちに、場所を変えておかなきゃいけない。天草商事さんは紳士でいらッしゃるから」
「バカ言え。キミみたいな大泥棒とは素性がちがってらア」
「大泥棒はないでしょう。イントク物資をテキハツしたにすぎんですな」
「
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