も迷惑である」
「ハハア。例の寝小便ですな」
「イヤ、そのような生易しいものではない。正宗が神の術を使いよるので、こまる」
「神の術と申しますと?」
「魂を抜きよるので困っておる」
「なるほど。魂がモヌケのカラというわけですな。抜いてやりたくても、アトがないというわけで。なるほど、神様もお困りでしょう」
「そうではないぞ。正宗が人の魂をぬきよるのじゃ。若い者も、ミコも、みんな抜かれよる。よう抜かれるので、気味がわるい。参籠の信徒も抜かれる。神様の魂もぬいてくれるぞと喚きおってダダをこねよるから、これには閉口いたしておる」
サルトルがおどろいたのはムリがない。
内務大臣は眉間に憂いをたたえて、心の晴れない様子である。
「奇妙なことがあるものですな。神様の術を盗みましたかな」
「あるいは神様の分身であるかも知れぬが、荒ぶる神で、和魂《ニギミタマ》というものが生じていないから、扱いに困却いたしておる」
「和魂を生じますと、ノレンをわけるというわけで」
「それはその時のことであるが、信徒の病気もよう治しよるので、ウチのミコも若い者も信徒も、一様に正宗を信仰しよるので困っておる」
「病気も治しますか」
「人の病気はよう治しよる。自分の寝小便は治しよらんから不思議であるな。あんまり術がよう利きよるので、薄気味わるうて、かなわんわ。お前の方で尽力して、匆々正宗をひきとるようにしてくれぬと、マニ教の統率が乱れて、まことに迷惑千万である」
「それはお困りのことゝ拝察いたしますが、それでは匆々に追放あそばしてはいかゞで」
「神慮によって定められた身代金であるから、そうは参らぬ。正宗を放逐したいのは山々であるが、彼によって幾重にも迷惑いたしておるから、益々取り立ては厳重であるぞ」
「正宗さんのお部屋はどちらで?」
「一室にカンキン致してある。奴メがオツトメの座へ現れよると、一同の魂をぬきよるので、こまる。守衛をつけてカンキンしても、守衛の魂をぬいて出て来よるので都合が悪いな。やむえず大工をよんで座敷牢をこしらえたが、このために五万円かかっているから、これも天草商事から取り立ててもらわねばならぬぞ。しかし奴メは座敷牢の格子越しに術を施しよるので、まことにどうも扱いに困却しているな」
「それはお困りのことですな。相済みませんが、アタクシに対面させていたゞけませんか」
「さしひかえた方がよいぞ」
「一目見せていたゞかなければ、社長に報告ができません。又、天草商事から身代金をととのえて迎えに来ました折に、みんな魂をぬかれたとなっては由々しい大事で、箱根の山が降りられません。ぜひとも対面を許していただきたく存じます」
そこで対面を許され、白衣の若者に案内されて、でかける。
女中部屋の突き当りにある物置のようなところを改造して、入口に厳重な格子が組まれている。窓にも格子が組まれて、どこからも出入ができない。食器や便器の出し入れができる程度の隙間があるだけである。案内の白衣の男を認めると、格子際へ走り寄った正宗菊松。
「コウーラッ!」
格子から片腕をニュウとだして、虚空をつかんで、ひきよせる様子をする。
すると白衣の男がタハハとその場へ腰をぬかして、平伏、頭上で手をすり合せて、
「マニ妙光、マニ妙光」
おそれおののいて、祈りはじめた。
「コウーラッ!」
正宗菊松の眼はランランとかゞやき、髪はみだれ、神の怒りが乗りうつったように、はげしくジダンダふむ。
すると白衣の男が、
「ヒッ、ヒッ、ヒッ」
と呻きをたてゝ、足をバタバタふり、七転八倒、廊下をころがって、泣きだしたからサルトルもおどろいた。
「コウーラッ! キサマの魂をぬいたぞウ」
どうやら、たしかに魂をぬきあげたらしい。そういう手ぶりである。そして、ぬきあげた魂を、ためつすかしつ、見きわめている様子である。
「ベエーッ」
正宗菊松はとびのいて、ツバをはいた。そして魂を投《ほう》りだしてしまった。
「キサマの魂は腐っとる。ウジムシがたかっとるぞ。ベッ、ベッ。臭いのなんの」
よほど悪臭の強い魂らしい。正宗神様、イマイマしがって、鼻口をゆがめて、目をつぶっている。
魂を投げすてられたから、白衣の男の苦しむのなんの。
「アッ、アッ、アッ」
焦熱地獄の苦しみ。エビのようにヒン曲ったり、逆立ちして宙返りをうったり、脇腹をかきむしる。魂というものは脇腹にあるのかも知れない。
ずいぶん意地の悪い神様で、のたうち廻って苦悶しているのに、鼻をまげて臭がっているばかり、一向に魂を返してくれないのである。
ようやく気がついた様子で、
「もうよい。かえれ。また、ぬいてやる」
うるさそうに、こう言って、追い返してしまった。絶対の王者とはこのことであろう。白衣の男は這いながら、呻きつゞけて、消え去った。
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