うまいことを、やりやがったな。イマイマしい野郎じゃないか」
「ハッハッハ。やくべからず。駅まで自動車で送ってあげるから、早いとこ、東京へ帰っておくれ。どうも箱根においとくと、あぶない」
二人を汽車へ乗っけてしまった。
才蔵は車中でしばらく黙々、考えこんでいたが、
「ツルちゃん」
ツとよりそって、
「一しょに箱根へ戻らないか。一カン盗んで帰ろうよ。これから自動車で急行するんだ」
「いけないわ。そんなこと」
「バカだなア。キミは。土の中に埋められている阿片は誰にも所有権がないのさ。それを持って帰って所持している者に所有権が生じるだけさ」
「あなた一人で掘りだしてらッしゃい」
「それは掘りだすのはボク一人だけでやるさ。ツルちゃんは旅館で待っといで。ね。ボクはたちまち大ブルジョアだぜ。だから、ツルちゃん。ボクと結婚してくれよ」
ツル子は呆れた。そうだろう。阿片がニセモノであることを心得ているからである。
だまして結婚を申しこむ才蔵の心根がにくらしい。かと云って、嘘つきなさい、ニセの阿片と承知の上で、とキメつけると失敗だから、セイカタンデンに力をこめて、にらみつけて、
「泥棒してお金持になりさえすれば、私が結婚するものと仰有るのね。ずいぶん侮辱なさるわね」
「チェッ。ダイヤモンドに目がくらむのは貫一お宮の昔からの話だぜ。美人にはブルジョアを選ぶ力があるのさ。お金と結婚することは女の名誉だい。頭が古いぜ」
「お金と結婚なんかするものですか」
「チェッ。キゲンなおしてくれよ。とにかく降りて、ゆっくり話し合おうじゃないか」
「社用はどうするのよ。義務を果すことを知らない人はキライ」
「バカだなア。社へ帰って報告してみろよ。天草商事ともあるものが、金を払って土の中の阿片を買うものか。土の中のものは掘りだして持って来たものに所有権があることを、たちまち実行してみせてくれるだけの話さ。どうせ人がやるものなら、こッちが先にやるのが利巧さ。社の方へは、ニセモノの阿片だったと報告しておきゃ、いいんだよ」
ツル子は才蔵が悪者なので、呆れてしまった。こういう悪者たちは、是が非でも、こらしめてやる必要がある。ツル子はサルトルと二人で、悪者たちを退治ることを夢みて亢奮を覚えたが、サルトルがもう一とまわり大きな悪事の立役者であるのに気付くと、ちょッと暗い気持になった。
けれども勇気をふるい起すと、あとは爽快になるのである。
ツル子はひとつの計画をもち、大きな期待をかけていた。それはサルトルを悪道から救いだすことであった。ツル子の本心はサルトルに二千万円の荒稼ぎをさせたり、商事会社を起させたりすることではなかった。正道につかせたいのだ。
才蔵のようなチンピラ悪者とちがって、サルトルはマトモな才腕もあるし、厚い人間味もあるのである。本来は正義を愛する人間であり、正道についても、成功しうる人物なのだ。
天草商事の悪者どもをこらしめるハカリゴトは、同時にサルトルを正道に立ちかえらせるハカリゴトにも利用したい。ツル子はこう考えて、期待にもえ、計略の工夫に熱中したが、それが彼女を爽快な亢奮にかりたててくれるのである。
憎さも憎し、チンピラ悪漢。ツル子は才蔵をにらみつけて、
「人を悪事に誘うのは、よしてよ。一人で、はやく引返して、ブルジョアになりなさいな。私、社へありのまま報告します」
「チェッ。つまらねえの。そんなのないや」
「ないこと、ないでしょう。一足先に、ブルジョアになれてよ。早く、ひっかえしたがいいわ。さア、はやく」
「ツルちゃんが不賛成なら、ボクも、よすよ」
「私のせいにすることないでしょう」
才蔵はくさりきって、シカメッツラをしている。
目的はツル子を誘って旅館へ泊るところにある。ニセモノを掘っても仕様がない。
しかしツル子と共に箱根を往復する機会は今後もありうる見込みがあるから、はやる胸をおし殺して、我慢している。
二人は天草商事へ帰って報告した。
「全然ホンモノだもの。おどろいたッたら、ありゃしねえや。一カン、七八貫、十二カン、全然純粋ときやがら。宝の山を持ちながら、奴め、処分に困っていやがるのさ」
才蔵はポケットから阿片の紙包みをだしてみせた。中味はホンモノに包みかえてきたのである。
「フウン。ホンモノか」
半平はこう唸ったが、一座はシンとしてしまった。ひらかれた紙包みの中の二グラムほどの阿片をにらんで、一同、しばし、声をのんでいる。
天草次郎はちょッと時計をのぞいたが、
「近藤ツル子、すぐ、箱根へ戻れよ。五時には、着ける。サルトルの宿へ泊って、彼を宿から動かすな。さて、それから、と」
彼は考えて、
「明日の午ごろ、小田原の例のところへサルトルを案内しろよ。そこで商談するからと云って。二時ごろまで、ひきとめといたら、いい
前へ
次へ
全40ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング