ケではない。
「失礼ですが、あなたは酒席のサービスが御専門で」
「マア、失礼な。婦人社員が順番に当るのよ。こうしなければクビですから、余儀なくやってることですわ」
「これはお見それ致しました。田舎者がとつぜん竜宮へまよいこんだようなもので、タエにして奇なる光景に目をうばわれて驚きのあまり申上げたゞけのことで、けっしてあなたの人格を傷けようとの下心ではございません」
「田舎者だなんて、ウソおっしゃい。諸所方々でザンキしていらっしゃるじゃありませんか。大方コルサコフ病でしょう」
「これは恐れいりました。しかしアタクシもまことに幸運にめぐまれました。選りに選って、あなたのように麗しく気高いお方の順番に当るなどとは身にあまる光栄で、一生の語り草であります」
「お上手、おっしゃるわね。でも、私だって、あなたの順番にまわって、うれしいわ。なぜって、ウチのお客様、たいがいイヤらしいヤミ屋ですもの」
ここがビジネス。心にユトリをとりもどすと、フンゼン突撃を開始する。
「あなたのような方、ウチのお客様にはじめてですわ」
フンゼン突撃はよかったが、真に迫るを通りこして、ビジネスだか本音だか国境不明で、突撃戦はたちまち混乱状態。ボッとあからみ、全身がほてるから、必死にこらえて、窮余の策。
「お酒、ちょうだい。あなたも、いかゞ。サカモリしましょうよ」
「あなた、お酒のむんですか」
「えゝ、のむわよ。一升ぐらい。でも、洋酒の方がいゝわね。ジンがいいわ」
甜《な》めたこともないくせに、大きなことを言いだした。
「そうですか。それほどの酒豪とあれば敢ておひきとめは致しませんが、人は見かけによらないものだ」
そこでサカモリがはじまったが、ジンという酒はアブサンや火酒《ウォツカ》につぐ強い酒だが、アッサリした甘味があって、女の好きそうな香気がある。舌ざわりが悪くないから、つい油断して飲みやすい。
ツル子はその時アルコールが唯一にして絶対の必需品であるから、味の悪くないのにまかせて、怖れるところなく、のみほす。怖れをなしたのはサルトルの方で、
「あなた、そんなに召しあがっていいのですか」
「ヘイチャラよ。こんなもの、一瓶や二瓶ぐらい。さア、飲みっこしましょうよ。私が一パイのんだら、あなた三バイ召しあがれ」
「ハア。アタクシは三バイでも五ハイでも飲みますが」
サルトルはハラハラしているが、ツ
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