ル子はそれが面白くて仕方がない。というのは、もうメイテイの証拠である。
「サルトルさん、箱根の裏山に阿片を埋めてらっしゃるって、ほんと?」
「これは驚きましたな。どうして、そんなことを御存知ですか」

「みなさん知ってますわよ。そんな話に驚いてたら、この会社に勤まらないわ。ウチじゃア、帝銀事件ぐらいじゃ、驚く人はあんまりいないわね。マル公で売ったり買ったりする話だと、おどろくわ」
「なるほど。聞きしにまさる新興財閥ですな」
「男の方って、羨しいわね。密林へ阿片を埋めたりなんかして、ギャング映画ね。サルトルさん、ギャングでしょう」
「これは恐れいりました。アタクシはシガないヤミ屋で、ギャングなどというレッキとしたものではございません」
「ウソついちゃ、いや。白状なさいな。私、そんな人、好きなのよ」
「これは、どうも、お目鏡にはずれまして、恐縮の至りです」
「そんなんじゃ、ダメよ。ウチの社長や専務たち、機関銃ぐらい忍ばせてくわよ。いゝんですか。サルトルさん」
「それは困りましたな。アタクシはもう根ッからの平和主義者で」
「ウソおっしゃい!」
「なぜでしょう」
「顔色ひとつ変らないじゃありませんか。雲隠さんぐらいのチンピラなら、機関銃ときいて、血相変えて跳び上るにきまってるわ。あなたは相当の曲者よ」
「それはまア機関銃にもいろいろとありまして、あなたのお言葉に現れた機関銃でしたら、雀も落ちませんし、アタクシも顔色を変えません」
「あなたは分って下さらないのね。ウチの社長や重役は、それはとても悪者なのよ。密林で取引してごらんなさい。殺されるのはサルトルさん、あなたよ」
「殺されるのは、いけませんな。これはどうも、こまったな」
「それごらんなさい。怖しいでしょう。ですから、本当のことを、おっしゃいな。サルトルさんも、大方、だますツモリでいらしたんでしょう。阿片なんか埋めてないんでしょう。おねがいですから、白状してよ。私が力になってあげますから」
「あなたのお力添えをいたゞくなどとは身にあまる果報ですが、残念ながらアタクシはシガないヤミ屋で、物を売ってお金をもうけるだけのヤボな男にすぎません。とても映画なみには出来ませんので」
「じゃア、阿片を売ったら、ずいぶん、もうかるでしょう」
「それはまア私の見込み通りの取引ができますなら、相当のモウケがあるはずですが、新興財閥はどちら様
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