ないが、サルトルを酔いつぶす目標だけは教えられて知っている。
 団子山がダイコンおろしで白い物をすっていたが、なめてみて、
「アッ、いけねえ。ベッ、ベッ、ベッ」
「アラ、どうしたの」
「どうもこうもあるもんか。こんな小便くさい催眠薬があるもんか」
「これ、催眠薬なの」
「アドルムてんだよ。ちかごろ文士が中毒を起していやがる奴よ。よッぽどヒデエ薬らしいが、こんなクサイ薬をのむとは文士てえ奴は物の味のわからねえ野郎どもだ。これじゃアカクテルへ入れて飲ませたって、わかっちまわア。ほかの催眠薬を買ってきなよ」
 と、薬屋へ駈けつけるやら、楽屋裏では上を下への騒ぎをしている。
 ところがサルトル氏、ジン、よしきた。アブサン、OK。左右からひきもきらず差しつけるグラスを一つあまさずニコヤカにひきうける。乾杯。ハイ、よろし。渋滞したことがない。それでいて、いさゝかも酔わない。
 悠々山の如く、川の如く、ひしめく敵方の男女十余名にとりまかれ攻めたてられて、ニコヤカにして礼を失せず、冷静にして爽やかな応答、ウィット、たくまず、また程のよさ。
 天草商事名うての智将連も、彼の前では格の違った小才子にしか見えない。
 しかし団子山苦心のカクテル功を奏して、さすがのサルトルも酩酊し、目をシバタタイているうちに、ゴロリと酒席にひっくりかえって寝てしまった。一同シッと目と目に合図、足音をころしてひきあげる。ひとり残されたツル子、ああ何たる立派な殿方であろうと熱い思いが胸に宿ってしまったが、天草商事の智将連、そんなことゝは露知りません。

   その十一 敵か味方かゴチャ/\のこと

 あけがたブルブルッと寒気にふるえて、ふと目をさましたサルトル、じかにタタミへ寝ているので、全身石のように冷く、しびれている。しかし胸にはやわらかな羽根ブトンがかかっているから、
「ハテナ」
 おどろいて身を起すと、落花狼藉、酸鼻の極、目も当てられない光景である。接待係がにわか仕立ての婦人社員であるから、後をも見ずに引きあげてしまう。食べちらした皿小鉢、林立する徳利、枕を並べて討死しているビールビン、酒もこぼれているし、魚がタタミの上に溺死している。
 万物死滅して泣く虫すらもない戦いの跡、ところが斜陽をうけてスックと化石している娘の姿があるから、サルトルがおどろいた。言わずと知れた近藤ツル子。
 ビジネスとあれば
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