りの話だから持ってきたゞけじゃないか」
「しかし、ホントらしいヨリドコロがなくて持ってきたら、無思慮じゃないかい」
「ヨリドコロはさッき言ったじゃないか。アヘンがうめられていることはホントらしい噂があるのさ。サルトルは曲者だけど、とにかく、一人でやってる仕事だからな。嘘なら一人じゃやれねえや。この取引にしくじると、石川組もしくじるし、石川組のことだからアヘンもまきあげられて、イノチだって危いかも知れねえや。それを覚悟で、たった一人でやってやがる仕事だから、嘘じゃアなかろうと思われるフシがあるじゃないか」
「なるほどね」
半平は腕をくんだ。
天草商事は第三国人と大がかりな密貿易をやっていた。その本拠は小田原界隈のさる由緒ある邸宅内にあったから、地理的には甚だ便利な取引なのである。
「ホントなら話が大きいぜ。それに相手が一人だから、秘密保持の上にも、取引としてはこの上もなく安全だね。ボクが思うには、ここは、ひとつ、スパイを使ってみようよ」
「スパイたって、スパイの使いようがないじゃないか。相手が一人で、おまけにノコノコこっちへ出むいているんじゃないか」
「だからさ。だからだよ」
半平は痩せっぽちの肩をいからせて、うれしそうに笑った。
「今夜、社の寮で、サルトル氏の歓迎会をひらくんだよ。酔わせておいて泊らせて、よりぬきの美女を介抱役につけるんだよ。惚れたと見せて安心させて、秘密をさぐるんだね」
「酔わなかったら、こまるじゃないか」
「催眠薬かなんかブッこんで痺れさしちゃえばワケないよ」
「誰をスパイにつけるんだい」
「近藤ツル子」
半平は腕をくみ、グイと胸をそらして、ニコヤカに叫んだ。アッと声はださないけれども、一同の顔付が改まったが、わけても雲隠才蔵が目玉を光らせた。
近藤ツル子、マニ教の巻では正宗ツル子、半平の妹役をつとめた娘。
この社きっての楚々たる美女で、心は気高く、頭もよい。社員ひとしく心をうごかしているうちに、わけても半平と才蔵が御執心なのである。
戦後派の面々は思い患うような手間のかかったことはしない。友達の思惑に気兼ねをするようなヒネクレたところも持合わせがない。
手ッとり早く談じこんで、結婚しましょうよとか、旅行しましょうよと持ちかけたが、二人ながら落第。しかし二度三度の落第で屈するようでは戦後派の名折れなのである。不撓不屈、ヒマあるごと
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