のうちに説明を加えることに致しまして、お許しも得ず東京へ連れだしましたことを幾重にもお詫び申上げやす」
相手がいかほど仏頂ヅラをしかめていても、常にサルトルは余念もなくニコヤカなものである。
「材木の話でざんすが、社長から話のありましたように、進駐軍向けとか、河川風水害防止愛国工事とか唄いやしてタダのようにまきあげて運びだしてやすから、昨日のお値段の半分に値切られましてもアタクシ共は結構もうかっておりやす。そちら様も大もうけは疑いなしでざんすな。しかし本日アタシが伺いました用件は材木ではございません。雲さんや。ちょッと、こっちへ出なさい」
サルトルははにかむ花聟をおしだすように才蔵の手をとって前の方へひいてくる。
「アタシもかねて感ずるところがありまして、男子二十五歳は坂本龍馬晩年の年齢でござんす。天草さんの御先祖は十六歳の御活躍でござんす。アア一本立ちがしてみたい、とアタシも人並みに風雲録を夢みておりましたが、昨夜はからずも雲さんとジッコンに願いまして、さとるところがありましたな」
悠々ニコヤカなものである。雲さんの肩をいたわるようにさすりながら、落ちつきはらった物腰、ほれぼれするほど人ざわりがよい。
「御案内の通り社長はマニ教に凝っとりやすので、箱根に出むいた折はアタシが代理で現場を見廻っとります。風流気はありませんが、根が酔狂の生れつきで、アタシはヒッソリカンとした森林をぶらつくのがホカホカと好ろしき心持でざんすな。とある一日、木の根ッ子をえぐった穴がくずれて何やらチラと見えるものがござんす。なんとなく掘ってみると、石油カンに黒色の泥がつめこんであるのでざんすな。六ツずつ二段重ねに、十二個のカンがござんす。アタシが華中の特務機関におりましたので、ジッと見つめるうちに正体を突きとめやしたが、ちょッと失礼さん」
サルトルはいともインギンにモミ手をして、秘書嬢の退席をもとめた。それからツと三人の方に進みでて口に屏風をたて、
「オ・ピ・オ・ム。ア・ヘ・ン」
片目をつぶってニッコリ笑った。
「おどろきましたな。あの時はね。アタシはていねいに土をかぶせて、木の根を掘った穴ボコもあらかた埋《うず》めて口をぬぐって来ましたが、実はな、念のため、後日他の場所に埋めかえて、この秘密はアタシひとりの胸にたゝんでござんす。調査して分りやしたが、戦時中、富士山麓にアヘン密造工
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