前へつれて行った。
「エ、才蔵をつれて参りやした。見かけはチンピラでざんすが、ちょッとまア愛嬌もあって、小才もきくようでござんす。目をかけていたゞきとうざんす」
 長範はゴリラの熊蔵と将棋をさしていた。
「才蔵いくつになる」
「へえ。サルトルと同じ二十五で」
「キサマ、戦争に行ってきたか」
「エ、北支に一年おりました。鉄砲は一発もうちませんが、豚のマルヤキを三度手がけましたんで」
「キサマ、コックか」
「いえ。なんでもやりますんで。主計をやっておりましたが、クツ下、カンヅメ、石ケン、タオル、これを中国人にワタシが売ります。密売じゃないんでして、ええ、軍の代表なんで。中国人相手のセリ売りにかけてはワタシの右にでる日本人はございません。へえ」
「ペラペラと喋る奴だ。キサマ、ヘソに風がぬけてるのと違うか。石川組は男の働くところだぞ。力をためしてやる。腕相撲をやるから、かかってこい」
「それはいけません。ワタシは頭で働きますんで」
「生意気云うな。人間は智勇兼備でなければならんぞ。キサマらは民主主義をはきちがえとる。平和こそ力の時代である。法隆寺を見よ。奈良の大仏を見よ。あれぞ平和の産物である。雄大にして百万の労力がこもっとる。石川組は平和のシンボルをつくることを使命とするぞ。心身ともに筋金の通らん奴は平和日本の害虫であるぞ」
「エエ、適材適所と申しまして、害虫も使いようでざんす」
 とサルトルがとりなした。
「アタシが使いこなしまして、石川組の人間に仕立てやすから、今後よろしゅうおたのみします。雲さんや。社長があゝ云って下さるのも、オヌシに目をかけて下さるからだよ。お礼を申しあげて、仕事に精をだしな」
 そこで才蔵は長範から盃をいたゞいて石川組の人間ということになった。
「ではアタシは才蔵をつれて天草商事へ行ってきやす。ちょッと自動車をお借り致しやす」
 と、二人は社長の車で東京をさして出発した。

   その九 サルトル雄弁をふるうこと

 天草商事の社長室へ通される。チンピラ重役三人組の前へすゝみでたサルトルは、まずニコヤカにモミ手をしながら、
「エエ、昨日はたいへん失礼。本日はまた、うるわしいゴキゲンで何よりでざんす。つきましては、一言お詫びを申上げなければなりませんが、実は、雲さんを無断でお借り致しました一件で。これにつきましては深い事情もありますが、おいおいと話
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