いえ」
サルトルはニコヤカに笑みをたたえているだけである。いかなる秘計をうちあけたか、わからない。
日の暮方、サルトルは雲隠才蔵をよびだして、
「雲さんや。主人持ちは、つらいねえ。どうだい。一旗あげたいと思わないか」
「チェッ。おだてるない。お前みたいな忠勤ヅラはアイソがつきてるんだ。今さら、つきあえるかい」
「そこが主人持ちのあさましいところだよ。オヌシもポツネンと山奥の宿へおいてけぼりで、なんとなくパッとしないな」
「胸に一物あってのことよ。忠勤ヅラは見ていられねえや」
「さあ。そこだよ。どうだい、兄弟。ここんところで、石川組と天草商事を手玉にとってみようじゃないか」
「兄弟だって云やがらア。薄気味のわるい野郎じゃないか」
「アッハッハ。ノガミの浮浪者が、こんな出会いで集団強盗をくみやがるのさ。しかし、河内山《こうちやま》もこんなものだろうよ。ところが、アタシの考えは、もっと大きい」
サルトルは才蔵の耳に口をあてゝ、ボシャ/\/\とさゝやいた。
「どうだい。ちょッとシャレていると思わないかい。雲さんや」
「よせやい。箱根で雲さんなんて、雲助みたいで、よくねえや」
「このあとには、オマケの余興があるのだよ。正宗菊松をオトリに、マニ教をたぶらかす手がある。お金をほしがる亡者ほど、お金をせしめ易いものだな。これが金の報いだな」
「石川長範はウスノロかも知れないが、天草次郎は一筋縄じゃいかねえや」
「ハハハア」
サルトルはアゴをなでて笑っている。
雲隠才蔵も考えた。たしかにサルトルはたゞ者ではない。天草次郎は冷血ムザン、腹にすえかねた仕打ちをうけたのは今度に限ったことではない。ムホン気は充分そだっているけれども、敵は名だたる今様妖術使いで、残念ながら歯が立たない。つらつら打ち見たところ、サルトルは胆略そなわり、慈愛もあり、底の知れないところがある。おまけにウスノロのところもあるから、利用するだけ利用して、まんまとせしめてやるのも面白かろう。だましてやるには手ごろの勇み肌のニューフェースなのである。才蔵はこう肚をきめて、
「じゃア、それで、いってみようじゃないか。オレは退屈しているんだ」
「明日、むかえにくるぜ」
サルトルは一万円の札束を無造作につかみだして握らせて、
「悪い病気をもらうなよ」
と、ニコヤカに行ってしまった。
翌朝、才蔵をむかえにきて長範の
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