ら、器用に竹刀を頭上へかざして受けとめようとする。その小手をパシンと斬つた。先生は一本とも何とも言はぬ。もう一度改めて睨み合つて、同じやうに面を打つふりをして小手を斬つた。この一手しか考へてゐないのだから、ほかのことは出来ないのである。先生は又黙つてゐたが、これ以上やると僕が殴られるから、僕は竹刀を投《ほう》りだして、面小手を外した。僕は小手を斬りました、と先生に言つた。あんなのは一本にならん。第一、剣術ではない、と先生が答へた。そんならやめます、僕は体操場をとびだして、裏の山でひるねした。その次の剣術の時間からいつもサボつて、山を散歩した。だから、一度しか竹刀を持つたことがないのだ。
 三年の時、故郷の中学を追ひだされて東京の中学へ来たが、この中学では剣術を習ふ必要がなかつた。九州になんとか中学と云つて不良少年ばかりの中学があるさうだが、そこを又追ひ出された荒武者が、この東京の中学へやつてくるのださうである。みんなヒゲ面で、体格堂々、僕など一番子供で、入学したときウンザリした。
 入学した第一週間目、用器画の時間に、僕は所在がなくて楽書《らくがき》して遊んでゐたら、先生が黙つてやつて
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング