、通風がよかつた。それに、少し離れたところに同じ庵がもう一軒あつて、この二つの庵が松林の中に孤立してゐるのだが、隣の庵は空家でもないのに年中硝子窓を明け放してゐた。肺病患者の一家であつた。だから僕は雨戸のない庵だと思つて、硝子窓を明け放したまゝ、東京へ遊びに行つて、一週間ぐらゐ留守にするのは毎度のことであつたが、盗まれる物がないから、泥棒の心配などしたことはなかつたのだ。
 ところが或る日隣家が引越すことになつて、荷物を大八車につみ、庵の掃除をしたあげく、最後に窓から手を出して何物か探す風をしてゐるので、変な奴だと思つて見てゐると、どこからか雨戸をガタ/\引つぱりだして、みんな窓を封じてしまつた。この時は呆然とした。隣の奴は魔法使かと疑つたぐらゐであつた。隣の一家が姿を消すのを見すまして、すばやく立上つて隣の庵と同じ場所を探してみると、窓は庵の四方にあつたが、どの窓にも過不足なく雨戸といふものが有つたのである。急に富豪になつたやうな、出世した気持になつた。そこで、その次に東京へ行くとき、みんな雨戸を締めたあげく、二十五銭の南京錠を買つてきて勝手口を封じ、悠々出発に及んだ。一ヶ月留守にして帰つてきたら、泥棒が住んでゐたといふ次第なのである。雨戸などは締めるものではない。成金の心を懐いたから忽ち天罰を蒙つた。
 かういふわけで、泥棒は僕の庵でもかまはずに這入つてくるから天下のことは油断ができぬ。いつ、どこで秋水をつきつけられるか分らないから、剣術の一手ぐらゐは胸にたゝんでおかねばならぬ。不覚をとつた後ではもう遅い。僕は中学時代の不勉強を呪つたが、今更武徳殿へ通ふわけにも行かないので、色々工夫して三手だけ発明した。
 第一。無手勝流
 夜中にふと目をさまし、有金を出せと言つて秋水をつきつけられた場合。おもむろに起上つて、先づ電燈をつけ、さて敵の秋水の刃先が辛うじてとゞく間をとつて睨み合ふ。敵ジリ/\と間をつめ今や斬りかゝらんとするとき、敵の足もとへ頭を先に滑込む。敵つまづく。我すばやく起上つて敵の頭をゴツン。
 第二。二刀流
 我たま/\ステッキの如き棒を所持する場合。右手に棒を持ち、左手には小石でもインキ瓶でも茶碗でも有り合せの品物を一つだけ持つ。敵の秋水が辛うじてとゞく間をとり、右手の棒も左手の品物もダラリとブラ下げて自然の体をくづしてはならぬ。敵斬りかゝらんとする気
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