て愉しさうに笑つたりしてゐたかも知れない。けれども太郎さんは私を殴つたりせずに、急にゆつくりと頭の後へ手を組んで、
「ちかごろ食慾が旺盛になつたよ」
なぞと呟いた。
到頭お花さん一家は大阪の親戚を頼つて、そちらへ越してゆくことになつた。尤もそのことでは私は頻りに老婦人の相談を受けたが、生憎これは相談にならなかつた。つまり、その方がいいでせうねと老婦人が尋ねるとその方がいいでせうねと私が答へ、その方が悪いでせうねときかれた時は悪いやうですねと私が答へ、そして結局大阪へ越してゆくことになつたのである。悲しい出来事であつた。
引越しの仕度でごた/\してゐる日に私が遊びに行つてみると、太郎さんが手伝ひにきてゐて一生懸命に荷物の整理をしてゐた。時々必要以上の荒い物音をたてたりしたが、老婦人は何もきこえない振りをして物も言はずにせつせと行李をつめてゐた。お花さんは不在だつた。なんでも太郎さんの顔をみると、まあ丁度いいところへ来て下すつたわ、阿母さんに手伝つてあげてね、あたしはこんなうらぶれた[#「うらぶれた」に傍点]ことは嫌ひよと言つて出掛けてしまつたさうであつた。私も大体に於てお花さんの意
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