ければ、不良少女の濁つた考へがあるのではないかと心配したりするのであつた。母一人娘一人の生活だから心配は彼女を痩せさせる程だつた。
「花子は女優なんかになつたのがいけなかつたんでせうね」
彼女は私をおど/\眺めて、まるで怯えきつた様子で言ふことがあつた。
「お父さんが生きてゐたらどう言ふだらう。女はやつぱり女らしいのがいいですわね。女優だなんて派手に気取つてもらうより世間なみの奥様におさまつてもらう方が助かるわ。私は断髪《かぶきり》はきらひよ。見るのも厭らしいんだけど……」
午前の風が爽やかな時間に、この年老いた婦人は度々私の宿を訪れてきた。年齢の違つた交遊が面映いのであらうが、彼女は塀に凭れて身体を隠しながら、小声で二階の窓の私を呼んだ。娘が苛々して外出してしまつたりすると、身の置場もない苦しさにせめられるらしい。私の宿は欅のこんもりした神社の境内に面してゐたが、私の現れる気配を見ると彼女は欅の陰へ退却して、すつかり照れた顔をして赧《あか》らみながら
「年寄りのくせに、あきれたもんだ」
と呟いて、私には見えない方を向いて舌を出したりした。
三度に一度は近所の子供が使者に立つて
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