に死ぬ身にとつてはつらい。まつたく、もう、人間ではない。軍艦にブツカルためのエネルギーであるほかに全然意味がない存在であるといふこと、この事実がぬきさしならぬことだから、それを思へばグウの音もでず、たゞポカンと、そして絶望に沈んで起き上る由もないではないか。
 とはいへ、彼とても、別に女にこだはることはないではないか、なぜ女にだけこだはるか、さう思ふことは絶間もなかつた。
 すると又、あいにくなことに、最も欲するものを抑へること、せめてそれが満足である、いはゞまアそれだけが人間の自覚のやうな気がして、そんな理窟で間に合ふことも多かつた。
 だから彼はふだんイヤな士官だの司令の奴を、死ぬときまつたらひとつヒッパタイテやらうなどゝいふ気持よりも、誰にでも愛想よくサヨナラと云つて、サッサと死んでしまふ方が気に入つてゐた。
 然し愈々命令が下つたときには目も耳もくらみ、心は消え、すくんでしまつたもので、あゝ、これを絶望といふのだ。絶望とは決して人間の心に棲むものではない。狂気の上にあるものであり、人間に非ざる心に在るものであつた。
 突然京二郎は全宇宙を砕きたい怒りに燃えた。すると又にわかにも
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