型の正義派ではなかつたが、オレはまア、ともかく女を知らずに死んでやるさ、といふどこか悠々としたところがあつた。
 いつたいが、この男は、人々みんながやることはやりたくないやうな素振りで、ほかにべつに文句はないさ、といふやうな頓狂な飄々たるところが、いかにも間のぬけた感じで、だから変物に見える。
 然し京二郎は心中ひそかに、実は最も女が欲しい、女のからだが欲しかつたのである。
 とはいへ、恋がしてみたいと云つたところで、自分の一生が人まかせで、おまけに、いつ死なねばならぬか、もはや目の先に迫つてゐるのだ。自由もなければ、自然も、意志も、実はない。懐疑すらも有り得ないのだ。
 彼は死ぬのはイヤだ。切なかつた。然しそれをどうすることもできない現実なのだから、酒と女に身を持ちくづして、ときのまの我がまゝ勝手をつくしても、それによつて紛れるよりも、人によつて殺される自分のみぢめさが切なく思はれるばかりに見える。どうせ殺されるなら、ソッと殺されよう、声も立てず、悪あがきもせず、さう思ふと、いくらか心が澄むやうだ。
 どうせ祖国は壊滅する。英雄も軍神もありはせぬ。超人を信じ得ないといふことは、まこと
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