だから、僕は時間と、そして僕にからまる人、あなたを支配しなければならない。だから僕は冷静です。僕の心臓の静かさが分るでせう。あなたの心臓はどうですか」
京二郎は握つた手頸をはなし、トキ子の当てた掌の代りに、自分の掌をトキ子の心臓に当てた。その心臓は音がハジキでゝくるやうに打つてゐた。京二郎はいつまでも手を当てゝゐた。そしてトキ子の肩をかゝへて、いつかトキ子を腕の中に抱いてゐた。
唇をよせた。トキ子はさからはなかつた。すべてが終つたとき、
「安川さんや村山さんに仰有つてはイヤ。誰にも秘密だわ。私たちだけの秘密」
とトキ子がさゝやいた。
京二郎は唇をむすび、又、溜息をもらし、あらゆる悩ましさに捩れからんだ肢体を追憶しながら、
「一生秘密にしてゐられる?」
「むろんだわ」
「こんな秘密をいくつも、いくつも、つくりたいと思つてゐるの?」
トキ子は答へなかつた。みづ/\しい裸体を惜しみなく投げだしたまゝ、隠さうともせず、目に両手を組んでゐた。
京二郎は秘密といふものが女の一生の目的であるやうな思ひにふけつた。なぜかトキ子の肉体は憎くゝはなかつた。秘密をたくはへる、それを目的にする女、
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