れをハッキリ知つてゐた。
「僕は安川でも村山でもありませんよ。あなたと結婚したいなどゝは申しません。僕はたゞ遊ぶために来たのです。その代り、あなたがイヤだと仰有《おっしゃ》つても、ダメです。僕は遊ぶことにイノチをかけてゐるのですから。ホラ、僕の心臓に手を当てゝごらんなさい。いゝですか」
 京二郎はトキ子の手頸を握つて自分の心臓に当てさせた。どうすることもできない様子で、その腕は抵抗せずに、木ぎれのやうにタワイなく持ちあげられてきた。
「僕の心臓は全然ふつうと同じやうに、ユックリ、規則たゞしく打つてるでせう。あなたの心臓と音をくらべてごらんなさい」
 京二郎は別の手頸をにぎつてトキ子の心臓に当てさせた。そのために二人の膝は密着して、二人の体温が泌《し》みるやうにふれてきた。
「つまり、僕はすこしも怖くないのです。何も怖れるものがないのです。なぜなら、今は、僕の時間だから。分りますか。あした、あなたが目を覚す。するともう、それは僕の時間ではないのです。あなたの時間、あなたと安川や、あなたと村山の時間なのです。その時間の中では、僕とあなたは何のツナガリもない赤の他人だ。然し今、これは僕の時間
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