やうやく二十二といふ若者のこの傲然たる男の位、これを男らしさといふのであらうか、それは不可解、又、神秘的ですらあり、襟首を押へつけられてゐるやうな圧倒的な迫力があつた。
「童貞なんて、嘘でせう。あなたぐらゐ、スレッカラシの男はないわ」
「童貞なんか、何ですか。僕が今まで女を知らなかつたのは、童貞なんかにこだはつてゐたわけぢやないのです。僕は何より女が欲しかつたのですが、自分の意志で人生をどうすることもできない戦争の人形にすぎないのだから、一番欲しいものを抑へつけて、せめて自尊心を満足させてゐたゞけですよ」
まつたく京二郎は戦争中は女を遠ざけながら、実は女のからだに最もこだはり、それを求めつゞけてゐたことを、思ひだすのであつた。信子のからだを知る時間まで、さうだつたかも知れなかつた。
然し今はもう、女のことなど、問題にしてゐないことが分つてゐた、なにをアクセクすることもないではないか。戦争は終つた。自分の力で、自分の道を生きて行くことができる。卑小な何物にこだはることもない。卑小なものは踏みつぶして進め。どんな理想も可能であり、その理想のために、自ら意志してイノチを賭けることもできる
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