ない結果になった。
 私が「もみぢ」を知ったのは、足かけ四年前になる。呉清源《ごせいげん》と岩本本因坊の十番碁が読売新聞の主催で行われることになり、その第一回戦がこの旅館でひらかれたのである。私は観戦記をたのまれた。手合の前日の夕方、平山記者が現れて、
「社の自動車を用意してきましたが、これからモミヂへ行って、一パイのんで、ねむる、というのは、どうですか」
「明日の朝九時までに必ず行きますよ」
「本因坊、呉清源両氏も夜の七時までに集るのですから、あなたも」
「オレは観戦記を書くだけだ。明朝の九時までに行けばタクサンだ」
 平山終戦中尉、憲兵のようにニヤリニヤリと笑う。
「今晩七時にモミヂにつく。一パイのむ。一風呂あびてねむる。ちょッとしたダンドリですな。悪くない」
 こう出勤を疑われてはこッちも自信がくずれるから、やむを得ず自動車で運ばれて行った。これがモミヂの門のくぐりぞめというものであるが、呉清源氏が前夜来神様と共に行方不明で夜十二時に至るまでモミヂへ来着しなかったから、呉清源係りの多賀谷前覆面子は食事が文字通り一粒もノドへ通らないのである。本因坊と私とが一パイのんでいる傍で、にわ
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