ユカタだから模様はコッテリしているが、万事コッテリの関西育ちの大山の目には、いかにも気のきいた、イキなユカタに見えた。
大山はビックリして、腕を通した片袖を顔の近くへひきよせ、やがてその裏をいそいでひッくり返して調べた。
あまりのことに、彼は言うべき言葉を失ったのである。その模様には一目ではそれと分らぬように、いかにも粋な工夫をこらして、くだん、とか、九段という文字があしらッてあるのだ。
彼はことごとく驚いた。名人位にくらべれば九段などはさしたるものではないようだが、さて九段になれば、九段は九段、人々は祝福し、彼はそれに満足であった。しかしこんな細いところにマゴコロをこめて、九段昇段を祝ってくれる旅館があろうなどと想像していなかった。誰がそのようなマゴコロを想像しうるであろうか。棋士を愛すること世の常ではない旅館なればこそであり、また好みの素ばらしさ、粋な思いつきは、天下の名士があげて集る第一流の旅館だけのことはある。
若い大山の胸は感謝の念でいッぱいになり、目がしらがあつくなりそうだった。
彼はホッと顔をあげて、思わずあからみながら、
「これ、ぼくのために、わざわざ、こしら
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