ながら、大きな魚に逃げられてしまったが、よく自分を抑えて九段位をかちえた。最大の魚は逃したが、まず、まず、であろう。勝ち目になるとウヌボレに憑かれて失敗する彼のことであるから、勝ったよろこび、その満足もウヌボレも大きいのだ。
彼は九段位をかちえて間もなく上京し、モミヂへ泊った。読売の招きや行事で上京するときは、概ねここに泊るのだ。私が用を果してモミヂを去ってから数日後のことであった。
彼の係りは私の係りとは違うのである。その女中が大山のユカタをとりだすために押入をあけたら、センタクしたばかりのユカタが一枚たたんで置いてある。私がまちがえて九段からきてきた祭礼のユカタだとは彼女は知らないから、大山のところへ持参した。
私が一度手を通しただけのユカタで、それをキレイに洗ってあるから、まるで仕立おろしのようであった。
大山は何気なくそれをとって着ようとして、その模様が変っているのに気がついた。
唐草模様のような手のこんだものだが、しかしスッキリとしていてそう品の悪いものではない。そろいのユカタと云ったって、花柳地の姐さんがお揃いで着るものだから、イヤ味やヤボなところはない。姐さんの
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