お店はつとまりません」
 と、ソメちやんは元の巣へひきあげる。
 倉田はヤケクソで、新風を凝らし、新作にとりかゝる気持などはミヂンも持てない。ヤケ酒をきこしめして、これだけはと日頃要心してゐたものを、ヨッちやんや、お前さんは可愛いゝ人だ、からだから心から全体が悲しさそのものなんだな、悲しさを抱きしめて私も一緒に溶けて掻き消えてしまひてえ、などゝセンチになつて、お世辞たらたら喜ばせて契りを結んでしまつた。荒《すさ》んでゐても、遊女と違つて、悲しみの玉、初心の熱情、むしろ何物にもまして必死なものがあるから、三夜又五夜、倉田が興ざめたころはヨッちやんは夢中で、客席で芸を御披露しなくなり、酔客の所望をせゝら笑つて、
「ナニいつてやんだい。私にはいゝ人があるんだよ。私は可愛がられてゐるんだからね。私のからだはウチの人のものなんだから、もうダメだい。とつとゝ帰つておくれ。水をぶつかけるよ」
 お客が全然なくなつてしまつた。
 女の心は可憐だけれども、無益なセンチはつゝしむところ、最上清人が帰京する、事情を伝へてサヨナラと一言、風に乗つて姿をくらます。オバサンとヨッちやんは鬼になる。お衣ちやんは教会
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