、四谷怪談になりかねないところだから、こゝはつらいところだな。そこを敢て辞せないといふ覚悟のほどを可憐と見ていたゞかなきや。私はつまり天来の退屈男なのだから、生活を芸術と見る、ひとつは芸術の才能に恵まれないせゐだけれども、しかしあなた、生活を芸術と見る、全体の構図のためには貧乏クジは作者自身がひかなきやならない、これがツライところで、しかしまたそのギセイにおいて一つの構図を完成する、この喜び、この没入、この満足、これは私の生来のものです。だから私は厭ぢやない。むしろ大いにハリキッてゐます。しかしあなた四谷怪談は当事者の身になつちやアこれは全くつらいからな。その甚大の苦痛をおして一篇を完成するところに、おのづから報われる満足を人生の友としてゐるのだから、人生芸術家倉田博文先生、この手腕を信じて、心安らかに旅行を味ひ、未来に希望を托しなさい」
そこで御両名は出発する。
倉田は自ら調理場に立ちチビリチビリ傾けながらも大根をおろし牛肉をあぶり吸物の味をきゝオバサンと共に大奮闘、策戦よろしく店は繁昌するけれども、ソメちやんの気品と粋は効果を示さず、あべこべに下品を深め、地獄の相を呈する。それ
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