しちやいけません。あるべきところに毛がないてえのを悩みぬいたあげくにイレズミをしてさらに悲歎を深め、わが運命を無限の失恋とみる、悶々の嘆きが凝つて酔へば前をまくつてタンカをきる、この胸の中はせつないね。この悲しさは江戸の通人によつてむしろ大いに尊重せらるべき性質のものだらう。それはあなた田舎ザムライはヨダレをたらしていい見世物にするだらうけど、通人はこの切なさは買ひますよ。酔つ払ひといふものは、いつの世も田舎ザムライそのものなんだから、お客がこれを見世物とみる、その低さを、自分のものと見ちやいけないです。ソメちやんなどもまことに心の悲しい人なんだから、悲しさを血のつながりに、姉妹とみる、いたはりがなきやいけない。お客がこれを見世物と見るなら、その観賞気分が露骨なエログロ低級下品に終らぬやうに、軽妙な気分をつくつてやる。イレズミは構図も彩色も着想も見事な妙味があるのだから、物自体としちや最もユニックな見世物なんで、単にエロ、下品、露骨と見せちやいけないやね。お客の気分を軽妙にとゝのへて下品ならざる境地をつくる、余人ぢやできない、ソメちやんの気品と粋、同情と協力が最も必要な次第ぢやないか」
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