リが羽をひつかけて斧をふりあげて苦闘し、片股に油蝉がかゝつてゐる。中心の局所に蜘蛛が構へて目玉を光らしてゐるのである。
ちやうどそこへ来合はせたのが、更生開店と知つて二人の友達をつれてきた倉田博文で、ヤア、コンチハ、開店早々にしちや賑かぢやないか、アレ、お客は御主人自らか、新戦術てえところだね、と言ひかけて名題の大達人も立ちすくみ言葉を呑んでしまつたが、娘はそのとき目をあけて新客どもをジロリと睨んで、
「チェッ、バカにするない。拝んで、目を廻すがいゝや」
やうやく裾を下ろして卓にうつぷして、
「ねえ、旦那、ダンの字、私を馬鹿にしちやいけませんよ。私は一生失恋するんだ。いゝかい、私は承知の上なんだよ。私はね、失恋するために、それを承知で、生きてるんだよ。見損ふな。誰にだつて、ふられてやるから。ネエ、ちよいと、ふつておくれよ。意気地なし」
「ごもつとも、ごもつとも。分ります、その気持は。私も賛成、失恋すなはち人生の目的なんだな。この人は苦業者です。しかし、うらむらくは、苦業者こそホガラカでノンビリしなきやならないものだといふスタイル上の手落ちに就てお悟りにならない。この方のお名前は?
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