米を両手にぶらさげて足先で裏戸をあけてはいつてくる、女だから隣組の用もたす、米も炊く、お掃除おセンタク、捨てがたい手腕があるから、よからう、なまじ女給などゝ月並な女どもを探すよりも天妙様の御意にまかせて当てずつぽうに御入来を願つた方が、どんな当りをとるか知れたものではない。
そこで現れたのが痩せてガナガナひからびた小さな婆さんで、日本橋でタコスケといふ小料理屋を二十年ほどやつてゐたがツレアヒが生きてりやこんな不景気な店へオツトメなんぞに出やしない、私や中風の気があつて手が自由をかきお酒をこぼしたりとんだソソウをやらかすことがあるから、娘をつれてきたといふ、娘は水商売に不馴れだから当分後見指南に当る由、娘は二十八、出戻りで、一つも取柄といふものがない。なんの病気か知れないが痩せてあをざめて不機嫌で、額のあたりへコーヤクか梅干でもはりつけて寝てゐたところを顔を洗はせて連れてきたといふ感じ、まだしも玉川関の豪快なお酌の方がお客の尻を長持ちさせる様子であるから
「よした、よした。あなたはお帰り。料理屋は病院ぢやないからね。お客は病み上りの仏頂面を眺めにきやしないから、僕の店をなんだと思つてる
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