思ひ、泣く泣く酔つて、お金を払ふ、悲痛なる心境ですな。この切なさを救ふものは、たゞホドコシの心境あるのみでして、美人女給はいけません、お客がムリを重ねる、もう一杯、チェリオ、たべたくないお料理もとりよせる、涙溜息あるのみでして、禁酒を叫び、出家遁世の心ざし、朝ごとに発狂してゐるやうなものでさ、養命保身どころぢやないです。ホドコシの心境はムリがあつちや、いけませんです。乞食を見る、哀れを催す、お金をやる、するてえとチラとみた乞食のふところに十円札がゴチャ/\つまつてるんで地ダンダふむ、もと/\哀れを催すてえのがムリなんですな。聴音機のオバサンに限つて、人にムリを強要するところが全然そなはつてをらんのですよ。人間はおちぶれて乞食となりますが、彼女に限つておちぶれることがないから、乞食にもならない。彼女はかつて活版屋の女房でしたが、いつのまにやら女中となつた、しかし、あなた、彼女がおちぶれたわけぢやないんで、もと/\がさうあるべきものなんですな、女中は給金を貰ふですが、彼女は無給で、無給の女中、天才がなきややれませんとも。彼女は哀れでもなく、不潔でもなく、つまり、宇宙そのものでさ。どんなお客
前へ
次へ
全163ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング