すだらけだが、全体としてどことなく愛嬌があつて、見るから無邪気で、暗さがない。生涯ろくな目にあはなかつた筈だが、その魂にも外形にも生活苦の陰鬱な刻印がないのは、頭のネヂのゆるんだところがあるせいで、その代り天真ランマン、近代人に欠乏してゐる人生の希望を具現してゐるところがある。然し、身の丈が低すぎるから、
「セイはどのぐらゐ?」
「エヘヽ。並よりはネ、すこし低い方だネ、ちようどぐらゐだけど、もう長く測らないからネ」
「四尺五寸かネ」
「エヘヘ」
「四尺だな」
「百十五センチね」
 まア、よからう、スタンドの卓から首が出ないこともなからう。首さへ出りや、目の高さに捧げて持つてくるから間違ひはない、とこの人物にきめ、その日から店へ来てもらつて、
「ヤア、いらつしやい。このオバサンはうちのニュウ・フェイスで、高良ヨシ子さんですが、御存知かも知れませんが、戦争中聴音機のヨッちやんとか新兵器のオバサンと申せば東部軍に鳴りひゞいた国宝級で、まことに凛々しい活躍をなされた方です。世を忍ぶ姿で。なんしろあなた、後向きでもお客様の鼻くそをほじる音まで聞き分けるてえ驚きいつた天才でさア」
 酔客のケンケン
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