所でね、聴音機以上だなんてね、特配があつたのよ」
「それは凄い。御主人やお子さんは?」
「私はねえ、以前活版屋の女房だつたけど、離婚して、今はひとりなんですよ」
「なるほど、活版屋の女房が目が見えなくちやア不便だつたんですなア」
「そのせゐでもないんですけどね。いつのまにやら女中が女房になつちやつて私が女中になつちやつたから、バカバカしいから暇をもらつたんです」
「宿六をとッちめて女中を追ひだしやよかつたのに」
「だつてねえ。私はとても大イビキをかく癖があるもんでねえ、お前と一緒ぢや寝られないといふから、うちの人、文学者で神経質だから不眠症で悩んでゐたでせう、イビキのきこえないやうに物置でねてろなんてね、それやこれやで女中になつちやつたもんでね、私の大イビキが癒らなきやアどうせ物置で寝なきやアならないでせう。私しや結婚してビクビク心細い思ひをするよりも、いつそ一人で大イビキをかく方が気楽だからね」
これは見どころがあると天童は思つた。目はヤブニラミだけれど右と左と大きさが全く違つて、一つは円く一つはやゝ三角に飛びでゝゐる。鼻は獅子鼻、口の片側がめくれたやうにねぢくれて出ッ歯で、そばか
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