らカタツムリの如くにのろい。
「ハハア、つまり神前へオミキを運ぶ要領ですな。然しお酒やお料理を運ぶとき、いつもその要領ぢやないでせう」
「いゝえ、私オミキなんか運んだことないですよ。物を運ぶとき、いつもかうです」
「するとそれは小笠原流ですか」
「いゝえ。私、目が悪いから、目のところへかう捧げてクッツケないと見えなくて危いからですよ」
「乱視だな。近視ですか」
「いゝえ、弱視といふんですよ。目のところへ近づけないとハッキリ見えないのね。だつてコップは透明ですもの」
「ごもつとも、ごもつとも。ぢやア、これを読んでごらんなさい」
 と手帳をだして渡す。目から一寸五分ぐらゐのところへ押立てゝ甜《な》めるやうに読む。試みにお札を数へさせると、やつぱり目のさき一寸五分のところへかざしてノゾキ眼鏡をいぢくるやうに数へる。タバコが好きだといふからお喫ひなさいと箱を渡すとこれも目の先一寸五分へかざしてフタをひらいて一本ぬく。目玉からタバコをぬきだすやうに面白い。
「お客の顔が分りますか」
「人の顔は分りますよ。目の悪いせゐで耳のカンが鋭敏だから、後向きでも、気配で様子が分るんですよ。空襲のとき軍の見張
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