店では一週間用ぐらゐの酒類が、一人で飲むと却々飲みきれない。夜になると外へでゝ、千鳥足で戻つてきて、万年床へもぐりこむ。飲む金がなくなつたら、首をくゝつて死ぬつもりなのである。そのくせ一日に七八回胃の薬を飲み、胃袋を大切にしてゐる。
 死を決して、思ひ当つた思想といふやうなものは、別にない。たゞひつくりかへる灰の下からチラと顔を見せたあの札束が残念だ。富子の奴はあの札束でどこで誰と何をしてゐやがるか、札束だけが残念でたまらない。セッカチはどうもいけない。ハハア、火鉢だなと、気がついたら、素知らぬ顔、長期戦で店の酒をのみ家から一歩も離れずねばつてやる。そのうち富子が便所ぐらゐは行く筈で、その時便所を釘ヅケにしてもよかつたのである。かう思ふと、残念でたまらない。
 店のお客がきて戸を叩いたり、倉田がきて、最上先生、ゐないかね、と怒鳴つたこともあるが、知らぬ顔、戸締りをして、主要なところは釘づけにして、酒をのんだり、万年床にごろついてゐるのだ。
 二ヶ月あまりで店の酒類も飲みほしたが、彼のヘソクリも終りを告げるところへ来てしまつた。然しまだ店を売るといふ最後の手段が残つてゐる。これより、この
前へ 次へ
全163ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング