店を飲みほすと思ふと、なんとなく胃袋に手ごたへのあるやうな爽やかな気もする。その代り、いつたい、どこで首をくゝつたらいゝのかな、とバカなことを心配したもので、街路樹へブラ下つてもいゝではないか。焼跡へ行くと、風呂屋だか工場の跡だか煙突のまはりに鉄骨のグニャ/\してゐるところがあるから、あの鉄骨へブラ下つてもいゝ。
もう冬がきてゐた。彼は皮のヂャムパーをきて、マーケットのコック氏とオコウちやんの店を探し当てた。商用にきたのだ。店を売らうといふのだが、昔のナジミでいくらか高く買ふだらうと思つてゐたのに、どう致しまして、彼が一式居ぬきのまゝ三十万といふのに、コック氏は七万なら、と言ふあつぱれな御返事。するとオコウちやんが横から、あそこは場所が悪いから、いやだわ、などゝ足もとを見て、いぢめぬく。
ちやうど倉田がきてゐた。
「店を売つちやうのかね。残念ぢやないか。店さへありや、一花さかせるのはワケない筈なんだが、店を売つて何か別の商売やるのかね」
「それを飲みほして、首をくゝるのさ」
「なるほど。それもよろしい。然し、なんだな。ちと芸のないウラミもあるな。芸といふものは、これは人生の綾ですよ
前へ
次へ
全163ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング