るはづだ。こゝだな」
と、箪笥や戸棚のヒキダシやトランクをかきまはし、ナゲシの隙間や畳をめくつてみたが分らない。久しく使はない冬の布団をとりだして縫目を解いて綿の間をしらべても見当らない。
「うちに置いてないのよ」
「どこにある」
「倉田さんの奥さんに預けてあるのよ」
もとより嘘にきまつてゐる。執念の女がヘソクリを人に預けて安眠できるものではない。
「私の稼いだお金だもの、私のものよ」
「バカ。営業妨害だ」
「だつてあなたの営業方針なら、あなた自身の売上げだつて今より不足で、とつくにお店はつぶれてゐた筈よ。私たちのおかげであなたも儲けてゐたのだから、自業自得ぢやありませんか。口惜しかつたら、あなたもコックさんのやり方で、安直にやり直して、もうけるがいゝぢやありませんか。私たちが心を合せて、新に女給を募集して、うんと儲けてやりませうよ。ねえ、あなた」
「ぢやア、お前すぐ新聞社へ行つてこい」
「あら、あなたよ」
宿六は委細かまはず、広告の文案を書いて女房につきつけて、
「すぐ行つてこい」
「イヤ」
「行かないか」
たまりかねて、五ツ六ツ、パチパチとくらはせる。富子がこれだけねばるの
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