められないからと、碁会所から最上にきてもらつて交々たのむが、百九十円ならよそより安いんだと受けつけない。
「だつてそれはカフェーの値段でせう」
「カフェーぢや、お通しづき三百五十円から五百円まであるんだ。女のお給仕のついてる店、小料理屋、ちよつとしたオデン小料理で二百円なんだから、百九十円ならよそより安い。客に悪くて売れないなんて、猫の目のやうに変る相場を知らず、生意気なことを言ふもんぢやない」
「だつて仕入が八十円ぢやありませんか。よその相場の比較よりも、仕入れ相当に売つて、よろこばれたり儲けたり、それが商売のよろこびぢやありませんか」
「相場よりも十円安けりやオンの字だ。仕入れの安価は僕の腕なんだから、それを売るのが君らの腕ぢやないか。僕の腕にたよつて、楽に商売しようといふのは、怪しからん料見だらう。それで厭なら止すがいゝ」
 言ひすてゝプイと消えてしまつた。一同茫然たるとき、調理場でゴミダメのクズを煮込んだり整理してゐたコック先生、そのころはもうどこで手に入れたか白いシャッポに白の前だれなんかをしめて、ヤア、みなさん、とはいつてきた。
「僕が明日から安いカストリを仕入れてくるから
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