子で、顔を見つめるとからだが堅くなつて息苦しくなり胸のぐあいが拳を握りしめるやうな感じになる始末であつたが、富子は美男子などは軽蔑すべき存在だと考へた。美男子を愛すなんて低俗で不純なことであり、高い恋愛はもつと精神的なものだと思つたのだ。
 もとより小娘の幻想的恋愛論などゝいふものは、彼女にまことの恋愛が起つてしまへば一挙に効力を失ふものだが、富子は要するに美男子を見るとマッカになつたり息苦しくなつたといふだけで、恋愛までには至らなかつた。だから結婚は早すぎたので、当人も結婚の慾求などはなかつたのだが、生めよふやせよといふ時代思想で、十九などはもう晩婚の御時世であり、家も焼け会社も焼け、一家は田舎へ疎開といふ時に、なんとなく疎開がいやで、清人と結婚してしまつた。
 然し、清人との結婚までには半年あまりの恋愛的時間があつた。富子はこれこそまことの恋愛なんだとその時は思つたのだから。
 一方清人は四度目の女房に逃げられたあとの一人暮しで、哲学者といふところから富子に物をきかれたり本を貸したりするうちに、これは脈があるなと思ふと、こゝをせんどゝ食ひ下つて口説きはじめた。
 彼は人間観察家など
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