実さういふ生態に同化して育つてしまつたといふことには気がつかないだけの話であつた。
 芸者は義理人情だの伊達引《だてひき》だの金より心だの色々に表向きのお体裁はあるけれども、本心はみんな単純な男好きで、美男子好みで、旦那に隠れて若い色男と遊んでゐる。富子も美男子好みで、色男の大学生や若い将校などゝ映画見物や物を食べにでかけるのが好きであつたが、そのうちに、さういふ自分をだんだん軽蔑するやうになつてきた。つまり芸者の世界を軽蔑するやうになり、自分はもつと高尚な別な人間だといふ風に考へる習慣がついたのである。
 だから十八ぐらゐからの富子の書斎をのぞいた人は呆気にとられた筈で、アランだのヴァレリイだのベルグソンだのテーヌだの、小説でもスタンダール、ボルテール、メリメ、プルウスト、ヴァンヂャマン・コンスタン等々、それに美学の本がたくさんある。なんでも表題に美といふ字のある有難さうな本はみんな買つたといふ感じなのだが、まつたく又一生懸命に読んだものだ。
 徴用の会社で清人と同時にまだ大学を出たばかりの美男子の技術家にも言ひよられ、待合へ遊びにきた青年将校にも結婚を申込まれて、これが又絶世の美男
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