ゝ自称はしても所詮は学究で、彼のアフォリズムなど実生活では役に立たない寝言の類ひ、惚れた女はいつも逃げられる始末であつたが、この美少女に成功したのは犬も歩けば何とかいふまぐれ当りで、美男子の競争相手があるのだから、不安になつたり、わくわくしたり、然し案外馬鹿な娘だななどゝ考へて、計画をねつてゐた。
 富子の母親にはお金持の旦那があつて金に不自由がないから、娘を芸者に一稼ぎなどゝいふ考へはなく、然るべき男と結婚させてと大いに高い望みをかけてゐる。だから四十男の貧乏な哲学者など話の外だと思つてをり、無口で陰鬱で大酒のみで礼儀作法を心得ず、社交性がみぢんもなくて、おまけに風采はあがらない。一つも取柄といふものがないから頭から罵倒する。山奥から来て花柳地に住みついた女中共は半可通の粋好みだから悪評は決定的の極上品で、土の中からぬきたてのゴボウみたいだと言ふ。なるほど、うまい。全く孤影悄然、挨拶一つ言はず、頭をペコリとも下げないから土だらけのゴボウのやうだ。
 富子は意地を張つた。周囲の悪評の故に、この恋は純粋高尚だと考へた。俗物どもに分らないから純粋なので、彼が色男でなく、お金持でもないから高
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